熱海五郎一座
熱海五郎一座

 

熱海五郎一座 新橋演舞場シリーズ第10回記念公演

東京喜劇「スマイル フォーエバー ~ちょいワル淑女と愛の魔法~」
 

2024年6月2日~6月27日
新橋演舞場

 

三宅裕司率いる大人気のシリーズ「熱海五郎一座」第10回記念!
そして…その前身である「伊東四朗一座」旗揚げから20年。
ついに演舞場に喜劇界のレジェンド伊東四朗 初降臨!

2度目のゲスト出演 コメディセンス抜群の松下由樹とともに日本最高峰の東京喜劇人たちが
2024年6月新橋演舞場で笑いの金字塔を打ち立てる!!

 

【作】吉高寿男
【出演・構成・演出】 三宅裕司
【出演】 渡辺正行、ラサール石井、小倉久寛、春風亭昇太、東 貴博(交互出演)、深沢邦之(交互出演)
【ゲスト出演】 伊東四朗、松下由樹

 

 この度、東京喜劇「熱海五郎一座」を 新橋演舞場シリーズ第 10 回記念として 2024 年 6 月に上演することとなりました。
お客様が心の底から本当に面白いと思える東京の喜劇“軽演劇”を上演しよう、“東京の笑い”を継承しようと、2004 年に伊東四朗座長のもとに、三宅裕司を中心とした第一線で活躍中の喜劇人たちが集結し、旗揚げした「伊東四朗一座」。
伊東が参加出来ない時も思いを引継ぎ、2006 年に三宅裕司が座長となり「熱海五郎一座」を旗揚げしました。
劇団名は三宅の発案で“伊東ならぬ熱海”“四朗ならぬ五郎”という洒落で命名。
毎年新作を上演し続け、2014 年に新橋演舞場へ初登場すると大好評につきシリーズ化され、豪華なゲストを迎えた抱腹絶倒で華やかなステージを、以降毎年お届けしてまいりました。
 旗揚げから 20 年を経て、そして演舞場シリーズ第 10 回記念公演「熱海五郎一座」についに伊東四朗をゲストに迎えることが決定しました。
伊東は演舞場の舞台に立つのは初めてとなります。
 そしてもう一人のゲストは2016 年の公演で確かな演技力とコメディ センスで演舞場の客席を大いに沸かせ、三宅裕司の信頼が厚い松下由樹が再び登場。
ゲスト二人と一座メンバーが繰り広げるザ・東京喜劇!
 そして、座長・三宅裕司が創る次回の作品はどんなテーマでどんなストーリ展開になるのか!?
第 10 回記念にふさわしい、熱海五郎一座でしか見ることのできない大爆笑エンターテインメントにどうぞご期待ください!!
 
 

 
 

【伊東四朗コメント】
 毎年、満席の新橋演舞場で熱海五郎一座の公演を観ています。実にいいものです。
あれは何年前の観劇の時か、前の席のご夫婦が、「結局、熱海五郎という人はどこに出てきたの?」と話していました。説明しようと思いましたが、止めときました。
 今回、シリーズ 10 回記念ということで三宅さんが、私を呼んでくれました。
来年にむけてハツラツと過ごします。
どうなるか責任はもてませんが。

【松下由樹コメント】
 私は、2016 年の新橋演舞場シリーズ第3弾「ヒミツの仲居と曲者たち」のゲストとして熱海五郎一座に参加させていただきました。
軽演劇という笑いがテーマの舞台は、初めてで緊張しましたが、三宅さんをはじめ一座の皆さんに温かく迎え入れていただきました。
喜劇のお芝居だけでなく、立廻りやタップダンスにも挑戦しまして、お客様の反応が嬉しくて演じることが楽しい、あっという間の1ヵ月でした。
いつか機会があれば、もう一度と願っていましたが、シリーズの 10 回目にお声がけいただき、本当に光栄です。
しかも私が出演したドラマ「想い出にかわるまで」で私のお父さんだった伊東さんとご一緒できるなんて。
たいへん嬉しく思っております。

【三宅裕司コメント】
 東京の軽演劇をなくしてはいけないという思いで伊東四朗一座を旗揚げし、熱海五郎一座になって来年で 20 年。
演舞場シリーズも 10 回目。
前回大好評だった松下由樹さんにも参加して頂き、ついに最後の東京喜劇人・伊東四朗さんの登場。
面白くしなかったら喜劇の神様に怒られる。

 


放送は変更されることがあります
新聞等のテレビ・ラジオ欄をご確認下さいますようお願いいたします

親父熱愛(オヤジパッション)

毎週土曜日 15:00 ~ 17:00 文化放送(AM1134/FM91.6)
番組ホームページ(別ウィンドウで開きます)

NHK特集「厳冬 白山 ~子猿ヤマトは生き抜いた~」[字]

2/16 (金) 16:05 ~ 16:53 NHK総合1・東京(Ch.1)

三宅裕司 サンデーヒットパラダイス

2/18(日)11:05 ~ 12:00 ニッポン放送(AM1242/FM93)


伊東四朗
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昭和12年:東京府東京市下谷区竹町 (現在の台東区台東)にて5人兄弟の4番目として生まれる 
血液型:O型
 

0歳

1937年 四朗生まれる

昭和12年東京は下谷区に産声をあげる。
※幼少のころの写真
 

12歳

1949年 初舞台

アマチュア劇団を主宰していた長兄に引っ張り出され浮浪児役で初舞台を踏む。

※写真は中学時代、英語部の劇、浦島太郎より
 

19歳

1956年 早稲田大学

就職試験にことごとく落ち、たまりかねた友人が身内の会社を紹介してくれるが、そこも落ちる。早大や東大などの生協で書籍部、食品部、食堂を掛け持ちで勤務。その傍ら歌舞伎座や軽演劇全盛の浅草、新宿、池袋などの小屋に通う。そのうち、客席にしょっちゅう居るので「舞台上から有名」になり、楽屋に呼ばれるようになる。
 

21歳

1958-59年 劇団「笑う仲間」

劇団「笑う仲間」が浅草・松竹演芸場で旗揚げされる。(石井均、八田圭介、水谷史郎、戸塚睦夫など)そんな時、生協から正社員の話がくる。大いに悩んだ挙句「笑う仲間」に研究生として加わる。劇団は常打ちで人気を博す。因みに最初にもらった役は、公衆便所からジッパーを上げながら去っていくというものであった。もちろんセリフなどない。
 

22-24歳

1959-61年 石井均一座

「笑う仲間」が解散となり「石井均一座」にかわる。新宿・松竹文化演芸場に舞台を移す。財津一郎氏加入。2人とも音楽を通じて気が合った。学生層に人気を博す。
 

マルサの女

1987年

 

ミンボーの女

1992年

 

エニシングゴーズ

1995.10.25-11.6

シアターサンモール
 

スーパーの女

1996年

 

アパッチ砦の攻防

1996.11.27-12.8

紀伊国屋ホール
 

この顔で悪いか!

集英社
 

この顔でよかった!

集英社
 

ボケてたまるか!

集英社
 

西口物語

日本コロムビア

おかしな刑事台本シリーズ

イラストレーター・ナカガワ暢 作